白倉 正子(4期生)
「私が多摩大学を、『特流』にしてみせます!」
父親にこう言い放ったことがある。多摩大学を受験する数ヶ月前のことだった。
当時はまだ3期生しかいない無名の大学だった。でも、「成績不振者への退学勧告」などの斬新なシステムや、「社会に通用する大学を目指す」という大 学理念に一目惚れした高校3年の私は、時代を切り開く未来を感じ、受験の意思を伝えた。すると「無名の三流大学にか?」と一笑された。田舎暮らしの父だから無理もないが、「実績が無い=三流」と決め付けた一言を、私は聞き流せなかった。
ところで「一流大学」の基準って何だろう?たぶん「伝統がある」「規模が大きい」「優秀な卒業生や研究成果を多く輩出している」等が思い当たる。ならばいわゆる「二流・三流の大学」は、実績があっても与えた社会的インパクトが弱かったから、イメージが固定化されたのであって、出来たばかりの多摩大学はまだ真っ白のはずだ。ならば特別な実績を出してやろうじゃないの!だから「一流でも二流でもない、「特流」を目指す」ととっさに言ってしまった。父は「調子の良い事を言いやがって…」と呆れていた。
そのためには、一体、何をすればいいか?・・・・
そうだ、ユニークで社会に役立つ起業をして「多摩大学卒」の肩書きを前面に出してはどうだろう?
そう決意すると、有名大学へのコンプレックスがすっと消え、下から上に這いあがる面白さを感じ、燃えた。在学中は、既成概念に囚われるとマイナスになるほどの、新しい考えを学べるゼミや講義に積極的に参加し、知的好奇心をぞくぞく刺激させた。
こうして私は、卒業論文で取り上げた「トイレビジネスの可能性」を具現化しようと、トイレにまつわる新事業を構想する企画会社を、卒業直後に起業した。【どうしてトイレに興味をもったのか?については、著書「私の人生は『トイレ』から始まった!」(ポプラ社より発売)を参考にして頂きたい】
ドシロウトの私が、学校も教科書もないトイレの知識を学ぶのは独学以外にない。最初は素手でトイレ掃除をする事から始めた。でも面白かった。誰もやっていない事を開拓する快感がたまらなかったからだ。そんな私を多摩大学の恩師や仲間たちは「お前らしく、やってみろ」と、応援してくれた。多摩大学魂というのは、無謀ともとれるチャレンジを、両手を広げて真正面から受け入れてくれるところではないかと思う。おかげさまで現在は、講演・執筆・イベント企画のほか、マスコミ等でトイレ評論家としてコメントを求められる事も増えた。プロフィール欄に「多摩大学卒」と書かれると、心の中でガッツポーズ!今では父も「無からよく作り上げたもんだ」と近所に自慢しているらしい…。
卒業から10年が経過した。時々ゼミのOB会等に参加すると、何人もの「起業家」と出くわす。歴史の浅い少数精鋭の大学から、一挙に多くの起業家を輩出している大学は、世界でも希少だろう。これこそまさに「特流大学」としての新たな基準を、世に問いていると言えるのではないだろうか?
でも「特流」は一人では作れない。
この「流れ」を、もっと多くの卒業生や在校生らに、加速してもらいたい。
<プロフィール>
白倉 正子(4期生)(新姓:越川)
アントイレプランナー
1973年群馬県生まれ。92年に多摩大学4期生として入学。在学中は望月照彦ゼミ・柳孝一ゼミ・サザンクロス(演劇サークル)に在籍。96年4月、卒業直後に「トイレ企画会社22(現:アントイレプランナー)」を創業。NHK「青春メッセージ98」全国大会出場。日本トイレ協会会員。横浜市の在住。二児の母。著書は「私の人生は『トイレ』から始まった」(ポプラ社)。夢はトイレのデパートを作ること。