冨高日向子選手 引退特別インタビュー

冨高日向子さんが語る
オリンピックの舞台裏とこれからの挑戦

2022年北京冬季オリンピック、そして2026年2月開催のミラノ・コルティナ冬季オリンピックのフリースタイルモーグル競技で日本代表として世界の舞台に立ち、今回は惜しくも4位でメダルを逃した冨高日向子さん(2022年度経営情報学部卒。31期生)。
大会直後に引退を表明、翌月の富山での世界選手権では2位入賞を果たし、競技人生に堂々の区切りをつけた。

2026年4月29日に多摩大学多摩キャンパス T-studioにて行われた引退発表会後の同窓会独占インタビュー。今回のオリンピックの舞台裏、引退後はモーグルの普及活動に取り組もうとしている冨高さんに、田坂正樹同窓会長、さらには田村嘉浩田村学園理事長、杉田文章副学長なども自然と輪に加わってお話を伺った。


直前までわからなかった、今回のオリンピック出場

田坂会長:これまでの競技人生、本当におつかれさまでした。今回のオリンピックは直前までエントリーがわからなかったんですね。

冨高さん: 家族はなんとなく状況を知っていたのですが、最後まで確定はしていなくて。

田坂会長: 自分は息子と一緒にテレビで応援してたんですよ。息子は小学2年生でしたけれど、初めてモーグルを見るというのに一生懸命応援していて。「冨高さんは自分の知り合いの子なんだよ」と言ったら、もう夢中になって。スポーツが人をつなげる力ってすごいなと感じました。

冨高さん: ありがとうございます!そう言っていただけるととても嬉しいです。

田坂会長: 予選突破した時は本当に盛り上がりました。夜遅くだったのに、卒業生仲間のLINEでどこかに集まって皆で見ようかという話まで出てたくらいで(笑)。そして最後、メダルまであと一歩というところでしたね。ターン差たった0.2点差で4位・・・。あの時の心境を聞かせてもらえますか?


一番スタートという重圧

冨高さん:予選は本当に緊張しすぎてしまって。予選は1回目と2回目の2本あるのですが、ミスができないプレッシャーがあって。しかも決勝と同じ日の午前中に予選があるので、体の疲れも考えると、予選で抜けるかどうかがものすごく大事で。

田坂会長:いきなり1番スタートになりましたよね?

冨高さん:まさか1番スタートになるとは思っていなくて。それを見た瞬間に、これはまずいかもしれないって。1番と2番って、あんまり変わらないように見えるかもしれないですけど、その差って私にとってはすごく大きくて。もうロープウェイでコースを回っている最中に、呼吸が全然吸えないくらい緊張してしまって。コーチに「やばいです、息できません」って言ったら、「めっちゃ緊張してるね〜」って笑われたんですけど(笑)。

田坂会長: 笑えないですよね、それ(笑)。

冨高さん:本当に(笑)。でも滑り自体は大きなミスなくいつも通りにできて。コーチには「よく滑れたね、それだけテンパっているのに」と言われるくらいだったのですが、点数もそれなりに出てもらえて、自分でもびっくりしました。結果、5位で予選通過できて、そこで初めてちょっと肩の荷が下りた感じがしました。

決勝、3位からの同点4位という現実

田坂会長: その後準決勝、決勝と進んでいくわけですが。

冨高さん:準決勝はだいぶ落ち着いて、いつも通りに滑れました。ただ準決勝でいい滑りが出て上位についてしまって。私はいつも下の方からまくる方が好きで、追われる立場になるのはちょっと嫌だなという気持ちが正直ありました(笑)。

田坂会長:それは心理的に難しくなりますよね。

冨高さん: 決勝直前、会場の歓声がとにかく凄くて、プレッシャーがぐっと来て。でも最後は「前の人は関係ない。自分のやるべきことを全部やったら結果はついてくる」と信じて、出し切りました。少しミスが出て、タイムも準決勝より落ちてしまったんですが、その時点で3位に入って。残り2人いたので順当にいったら5位くらいかなと思っていたんですが……その後、前回オリンピックの金メダリストがまさかのミスをして、3位と4位の同点になって。

杉田副学長: テレビで見てる側がこんなに悔しいんだから、本人はどれだけ悔しいかって話ですよね。

冨高さん:本当に悔しかったですね。まさかそこで同点になるとは思ってもいなかったので。同点の場合はターン点で決まるっていうルールは知っていたんですけど、まさかオリンピックでそうなるとは。しかも私はターンが得意で、エアが苦手でこの夏ずっと頑張ってきて、エア点では勝っていたのに、ターン点の方で負けてしまった悔しさも重なって。本当に気持ちがぐちゃぐちゃになっちゃって。メディアゾーンを通って、日本人の方の顔を見るたびにもう涙が出てきちゃって……それを何度も繰り返して、コーチのところに行った時には大泣きしちゃいましたね。


現役最終戦は2位

杉田副学長: 引退の花道となるワールドカップでちゃんと結果を出しましたよね。

冨高さん:2シーズンぶりに表彰台で、しかも初めて2位になることができて。そのワールドカップ、日本での開催だったんですが、オリンピック効果もあって、会場も想定以上の方が来てくださって、帰りのバスに1時間半も並んだくらいの人数で。

黒瀬洋同窓会常務理事:私も現地へ行って初めて生でモーグルを見ましたが、いやー、すごかったですね。

冨高さん:皆さんが来てくださるとは全然知らなくて、サプライズな感じで(笑)。
引退しますと言った直後のワールドカップだったので、「最後だから見に来たよ」と言ってくださる方もいて。そのプレッシャーからか、前日は全然眠れなくて、合計2時間ぐらいしか寝れなかったんです。当日の朝はもうダメかもって思ったし、しかも当日は大雨でコンディションも悪くて。でも行って滑ってみたら意外と調子が良くて、まさかの2位になることができて。多くの方の前で、最後引退の試合で表彰台に乗れたのは本当に嬉しかったですね。 2日目は快晴で1日目以上の人が来てくださって。コースが短いので、下からの声が届くんです。オリンピックもそうでしたが、スタート直前に声が耳に届くのは本当に力になります。


コーチより、まず「広める」人へ

杉田副学長:引退してどうするのか、皆さんに聞かれていると思うのですが、コーチは今のところやらないとおっしゃってましたよね。

冨高さん:そうですね。昨日ナショナルチームのコーチからも猛烈に誘っていただいたのですが、まだ引退したばかりで、すぐにコーチやりますとは気持ちが追いつかず、これまでコーチの大変さをそばで見てきたからこそ、簡単な気持ちでは言えなくて。

黒瀬同窓会常務理事:あの上村愛子さん(1998年の長野オリンピックを始め、計5回のオリンピックに出場した女子モーグル選手)も指導されていたのですかね。

冨高さん: 愛子さんは現役を辞めてから特別コーチでキャンプをやっていらっしゃいましたが、本格的なコーチ業はやっていなくて。オリンピックまで行って、コーチをやっている元女子選手って本当に前例がないくらいで、それだけ大変なことですし。

鍋田修彦同窓会理事・副会長:冨高さんはこれからモーグルを普及したいとおっしゃっていましたが、我々同窓会がお手伝いできることだとどんなことになるのでしょうか?

冨高さん:そうですね。まずはスポットで教えるところからやりたいなと思っています。今モーグルの競技人口が減ってきていて。私が小学生でA級の公認大会に出始めた頃は、下は小学生、上は50代ぐらいまで出ていたのですが、今は本当に若い選手しかいなくなってしまっています。幅広い世代にモーグルをやってもらいたい、もっと知ってもらいたいという思いが強いですね。先日初めて自分主催のモーグルキャンプセッションを元モーグル選手の友達と2人で企画しました。来シーズンはそういったセッションやキャンプをもっとやっていきたいと思うので、バックアップいただけたら嬉しいですね。

田坂会長: 私は長野県の経営者団体の役員をやっているのですが、そこで話してもらうとかできますか?毎回その集まりにはかなりの経営者が集まってくれていて。

冨高さん:もちろんもちろん!私も長野県とはすごく縁があって、自分主催のレッスンも長野で行わせていただいたり、本当に行く機会が多くて。講演会の機会があればどんどんやらせていただきたいですし、大学や高校に行くような活動もしていきたいと思っています。これからも多摩大学の一員としていろいろやっていけたらと思っているので、よろしくお願いします。


若い世代へのメッセージ

田村理事長:小さい頃からずっとモーグルをやってこられて、相当な苦労を重ねてここまで来られたと思うのですが、多摩大生や中高生など若い人たちに、途中で諦めずに頑張るための言葉をいただけますか?

冨高さん:私自身も成績が出なくて苦しい時期が何度かあって、もうやめようかなって思ったことも何度かあります。その度に親に電話して、泣きながら「もうやめる」って言って。でも「もう少しだけ頑張ってみようよ」と言ってもらえて、冷静になると、本心から辞めたかったわけじゃなくて、苦しくてつらくて気持ちを吐き出したかっただけだったと気づいて。

特にワールドカップを回れるかどうかという瀬戸際まで追い込まれたシーズンがあって、でもそこまで追い詰められたら逆に吹っ切れてしまって。来シーズン回れなかったら回れなかったで一から頑張ろうって、思い切って楽しんで滑ったら、最後の試合でなんとか結果を出せて。吹っ切った方がなるようになることって意外と多いなって、その時に思いました。落ちてしまっても、チャンスが全て無くなるわけじゃない。今回のオリンピックもメダルには届かなかったですが、それ以上に本当に多くのものを得られたと思っていますし、やり切って清々しい気持ちになれたので。何事も楽しんでやることが、一番大事なのかなって思います。


インタビュー実施日:2026年4月 
編集:経営情報学部7期生・鍋田修彦(同窓会理事・副会長)